たまたまという幸運

12月 30th, 2015 | Posted by admin in 日々の思い - (たまたまという幸運 はコメントを受け付けていません)

 今年は今日で仕事納めです。

 たしか、昨日の日経新聞の私の履歴書で、大丸の会長がたまたま新幹線で松坂屋のトップと席が隣で、その縁で経営統合につながったという話があり、なるほどなあ、と思いました。

 自分の経験上、こうした「たまたま」は、意外と多いです。たまたま、飛行機が一緒だったり、たまたま、飲み屋で一緒だったり、たまたま、フィットネスジムが一緒だったり、などなど。枚挙にいとまがありません。で、こうした「たまたま」のきっかけで、世の中が変わっていくのかもしれません。

 かつて松下幸之助は、自身が面接をする際、学生に「運が良いか?」を聞いたと言います。そして、運が悪いと答えた学生はどんな高学歴でも不採用にし、運が良いという学生を残したという。たぶん、この「運が良い」と「たまたま」は似ていると思う。やはり、どんな些細なきっかけであっても、「たまたま」の機会を重視して、それをチャンスにつなげる、それが結果的に運が良いにつながる、ということかと。

 2015年、自分にも「たまたま」を含めたくさんの出会いがありました。そして、もしかしたら、そのたまたまをチャンスにつなげていなかったケースもあったかしれないです。ま、それはそれで仕方ないとして、2016年も些細な出会い、これまでの付き合いを大切にしたいと思います。また、来年もよろしくお願いいたします。

2015年12月30日 長橋 賢吾

70年前のデータサイエンティスト – 「大本営参謀の情報戦記」

11月 21st, 2015 | Posted by admin in 日々の思い | 長橋のつぶやき - (70年前のデータサイエンティスト – 「大本営参謀の情報戦記」 はコメントを受け付けていません)

久しぶりにワクワクしながら本を読むという経験をしたので、忘れないためにも久しぶりにブログ更新です。

「大本営参謀の情報戦記 情報なき国家の悲劇」(堀栄三 文春文庫)という本です。

著書は、戦前の陸軍士官学校を出て、その後、陸軍大学校を卒業して、昭和18年10月 大本営陸軍参謀としてドイツ方面の戦局を収集・分析するいわゆる情報参謀の任につく。その後、ソ連、米国と転じ、米軍がどのような戦術で、どれくらいの規模で、いつどこに上陸するといったアメリカ軍の行軍について、公開情報、これまでの戦法、無線・暗号解読、諜者などのソースを基に多角的に分析、「敵軍戦法はやわり」といった冊子にまとめる。その分析手法について、彼はこう語る。

常に断片的な細かいものでも丹念に収集し、分類整理して統計を出し、広い川原の砂の中から一粒の砂金を見つけ出すような情報職人の仕事であった。(同書p221)

こうした緻密な分析から、マレーの虎と畏怖された山下奉文大将が率いる第14方面軍の情報参謀として、戦局が悪化するなか、米軍のフィリピン上陸の地点について、航空機の経路、無線でのやりとり、米軍の思惑などから、ルソン島西部のリンガエン湾に上陸すると予測し、それが的中。さらには、戦争が長引いていれば、米国は日本本土上陸として、米軍は昭和20年11月に九州南部、志布志湾への上陸を実際に計画(オリンピック作戦)していたが、彼ならびに彼が所属する大本営6課はこれを正確に予測。米軍の行動を的確に予測することから「マッカーサー参謀」と呼ばれた。

様々な情報を多角的に分析、数値化して、次のアクションを予測する、彼は自分の役割について「情報職人」と呼称する、これは今でいえば、データサイエンティストそのものだと思う。というわけで、データサイエンティスト自体は、大昔から存在していたわけで、名前が変わっただけ(情報職人→データサイエンティスト)だと思う。

そして、彼がどう情報を「数値化」したか。彼は、「鉄量」というKPI(Key Parameter Index:重要評価指標)を提示する。というのは、日本とアメリカでは「師団」(軍隊の一方面での作戦を遂行する単位、自分の大雑把な理解では営業、総務、技術を兼ね備えた一つの会社)といっても構成が違うので、同じ土俵で比較できない、だから、どれだけ火力があるか、それを鉄量というKPIで比較。いうまでもなく、鉄用という観点ではいうまでもなく圧倒的に米軍が勝り、彼はこう指摘する。

堀は師団という名称よりも、鉄量(火力)の差を重視していた。ほかの人々は、鉄量は精神力で克服できるという呪術的思考であった。(同書p215)

自分が思うに、これは70年前の過去の出来事と片づけることができない、いまにも通用する教訓があると思う。その一つが、データを活用した経営。データを活用した経営は大事といわれるものの、すべての会社がデータを活用しているとは限らない。自分もここ1年くらいデータサイエンスのセミナーをやらせていただきまして、いろいろな会社のデータ活用事例を教えていただきました。その感じでは、やっぱり、「うちの部門の勘は正しいから、データをつかわなくてもいい」というケースはまだ結構あるようにおもいます、いってみれば、鉄量は精神力で克服できるという発想に近いかもしれない。

ただ、「勘は正しいから、データをつかわなくてもいい」というのは、これはこれで、それほど全否定するべき話ではないと思う。勘というのは長い経験に裏打ちされたものであり、むしろ、データ分析よりも正しい場合もある。ただ、問題は何かというと、まさに、本書で指摘されている戦果の誤認識だと思う。著者は、昭和19年10月、台湾沖航空戦を間近に目撃。

黒板の前に座った司令官らしい将官を中心に、数人の幕僚たちに戦果を報告していた。
「○○機、空母アリゾナ型撃沈!」
「よーし、ご苦労だった!」
戦果が直ちに黒板に書かれる。
「○○機、エンタープライズ轟沈!」
「やった!よし、ご苦労!」
また黒板に書き込まれる。
その間に入電がある。別の将校が紙片を読む。
「やった、やった、戦艦2撃沈、重巡21轟沈」
黒板の戦果は次々と膨らんでいく。
(同書p161)

その後、彼が、暗い海のなかでどうして自分の爆弾でやったと確信しているか、アリゾナの艦型、などを質問しても、あいまいな返事しかしない、結局のところ、戦果を検証せずに、「轟沈、撃沈」と誇張、実際の戦果は、その3分の1、5分の1であったにもかかわらず、その誤った戦果をもとに、次の作戦を立案するため、相手を過小評価してしまう。それが情報なき国家の悲劇の原因であったと筆者は指摘する。

これは意外と今でも多いと思う。やっぱり、ビジネスでもうまくいっていないとき、それを正しく受け入れるのは、難しい。でも、それを正しく現状を受け入れないで、精神論で突破できるの一点張りだと、現状を正しく認識できず、ずるずると泥沼になる。だからこそ、きちんと数量化されたデータをもとに客観的に分析し、次の一手を打つ。これが情報職人、あるいは、データサイエンティストの役割だと思う。そうした点で、客観的な状況を受け入れるための経営陣、トップの度量も必要だと思う。フィリピンの第14方面軍の山下大将は彼に対してこう命令する。

レイテはこれから激戦になるだろう。今後の推移を十分見守らなければならないが、いずれは敵はルソン島に来る。いつ、どこに、どれくらいの敵がくるか、君は冷静に、どこまでも冷静に専心考えて貰いたい。これが大将の君への特命だ。口外厳禁!」(同書p190)

やっぱり、人間だれでも自分の都合が悪い情報はシャットダウンしたいと思う、でも、それをあえてシャットダウンせずに、フェアに判断する、やはり、それはトップの度量だと思う。自分の経験でも、データを使って意思決定する多くの会社は、経営、トップがよい情報、悪い情報、すべてひっくるめて判断する会社が多い。一方で、旧陸軍は、作戦の方針を決める大本営と一言にいっても、その中枢である作戦課が「奥の院」のように単独で作戦を決定し、情報を軽視したところに問題があると指摘した筆者の指摘は、そっくりそのまま、ビックデータ課をつくったところで、それを経営として活用しなければ意味がないという話と同じと思う。

戦後70年、二度とこうした悲劇を繰り返さないためには、やはり、データによるチェック機能というのは、国、国家に限らずとても重要なことだと思う。そんなことを70年前のデータサイエンティストから学びました。

コミュニケーション! コミュニケーション! コミュニケーション!

8月 25th, 2015 | Posted by admin in 日々の思い | 長橋のつぶやき - (コミュニケーション! コミュニケーション! コミュニケーション! はコメントを受け付けていません)

 門田隆将「太平洋戦争最後の証言 第1部 零戦・特攻編」を読んで、いろいろ思うところがありました。今年は戦後70年、70年も経つと、同時代を生きた方は減っているなか、当事者による証言はとても学ぶところがたくさんあるとともに、二度と繰り返してはいけないと思いました。

 そのなかで、印象に残ったのが零戦。零戦は、当時の日本海軍が世界に誇る戦闘機。その運動性能のよさ、20ミリ機関砲の威力は九六式艦戦などと比べると、飛躍的に改善し、その性能は当時の世界最先端だったという。

 その零戦の弱点。よく言われるのは、運動性能を追求したため、米国のグラマンF6Fヘルキャットといったパイロットを守るための強固な装甲と比べると、その防御力が弱いなど。まあ、たしかに、それもあるようだけど、「当事者」にとっての弱点は通信機能がほぼないことだという。

 「零戦は、電信機がほとんど使えなった、支那事変の時の 九六式艦上戦闘機の場合は、お互いの飛行機同士や、それから母艦、戦艦、巡洋艦あたりとも交信できました。でも、零戦になってから、一回も通信できなかったですね。これはうちばかりではなく、どこの文体でも、そうだったようです。」と。(p159)

 実際のところ、内地では通信機能は利用できたという話もあり、南方だとコンデンサ、真空管などの部品の劣化などがあるかもしれない。ただ、自分が思うに、そして、当たり前だけど、通信は大事だと思う。

 やはり、母艦とそして仲間と無線で通信できるからこそ、チームワークで取り組むことができる。たしかに、日本には撃墜王と呼ばれたエースがいたけど、やっぱり、一人の力では限界がある。だからこそ、仲間とコミュニケーションをとること、これは今の時代にも共通して重要なことだと思う。

 コミュニケーションとは信頼だ - ある人はこう言いました。たしかに、コミュニケーションを重ねることで、お互いに信頼し、成果を生む。もともと、自分はネットワークの研究をしていたけど、そのネットワーク・通信の原点を見た気がします。

猛暑でもスーツな理由

8月 6th, 2015 | Posted by admin in 日々の思い | 長橋のつぶやき - (猛暑でもスーツな理由 はコメントを受け付けていません)

今年から自分のなかで一つ決めたことがあって、どんな暑くても、寒くても少なくとも平日はスーツ、長袖シャツ、ネクタイと決めています。

7月も暑かったけど、基本、スーツでした。8月もどんなに暑くても、たぶん、このルールは守ろうと思っています。

クールビズとか、カジュアルとか言われているの中、かつ、この暑い中、なんでスーツ?とたまに聞かれます。

自分が対応するのは、大企業もあるけど、やはり、ベンチャー企業が多い。

ベンチャー企業の場合、たとえば、朝行くと、プログラマーがカップラーメンの残りを放置しながら、シュラフで寝ている、まるで大学の研究室みたいな光景はよくある。

別に、この光景自体は悪いとは思わない。エンジニアが最大のパフォーマンスを発揮するためには、むしろ、こうした環境の方が良いと思う。まちがっても、プログラマーがスーツを着るべしという話ではない。

ただ、会社の場合、すべての社員が、好きな時にきて、好きな時間に、好きなことをする、というのはあまりよくないと思う。

やはり、会社は永続するという前提に立てば、会社法、定款、会計方針などの、いくつかののルールがあって、そのルールのなかで、最大限のパフォーマンスを発揮するように努力すべきだと思う。

というわけで、そうした規律・秩序を守る人が一人くらいはいてもいいかもしれない。というわけで、自分はまずは服装からこの規律・秩序を守りたいという思いです。

で、暑いでしょ?と言われるけど、正直、もうすでに暑いので、半袖だろうが、長袖だろうが、そんなに変わらなかったりします。

「坂の上の雲」をのぼる

5月 5th, 2015 | Posted by admin in 日々の思い | 長橋のつぶやき - (「坂の上の雲」をのぼる はコメントを受け付けていません)

GW中にみた動画「はじめてのももクロ」、素晴らしいと思いました。

 この動画は、ももクロが路上ライブで世の中からほとんど認知されなかったころから一気にスターダムに駆け上がり、夢であった国立競技場でのライブまで、ももクロの軌跡を余すことなく伝えています。

 自分は、デビューしたてのアイドルがスターダムに駆けあげるのを応援するが一つの趣味です。その昔は、広末など、応援してきましたw。で、思うのは、スターダムに駆けあげる、その過程、それは、一つの組織が、「坂の上の雲」を駆けあげることであり、アイドルだけではなく、会社などでも同じだと思うのです。そして、ももクロがスターダムに駆けあげる過程は、スタートアップ企業が「坂の上の雲」を登り、大きくなる過程そのものと思います。

 ももクロの「坂の上の雲」、それは、9人から6人になって5人に(個人的には、あかりんがマッサンで女優デビュー、うれしい限りです)、いろいろ紆余曲折があっても、現状に満足することなく、常に高みを追い求めること。それはメンバーだけではなく、メンバーを支えるマネージャー、メイクさんなど、現状に満足せず、チャレンジすることにあると思う。

 こう思うと、会社などでは、現状に満足してチャレンジしていない会社も多い気がする。それはそれで思うところもあるのかもしれないけど、やはり、今のポジションに安住することなく、チャレンジすること、それによって、新しい「高み」に到達できると思う。そんなことを「はじめてのももクロ」から気づきました、おススメです。

はじめてのももクロ
https://www.youtube.com/watch?v=rZaleCVQ4Zk
 

江戸日本の多様性とダイバーシティ

4月 22nd, 2015 | Posted by admin in 経営 | 長橋のつぶやき - (江戸日本の多様性とダイバーシティ はコメントを受け付けていません)

 司馬遼太郎は、自分のなかで最も好きな作家の一人でもあり、自分の文体も彼の影響を受けているくらいの大のファンです。

 で、先日、読んだエッセイ「江戸日本の無形遺産”多様性”」(ちくま文庫 明治国家のこと)が面白かったのでシェア。江戸時代、日本は300あまりの藩に分かれて、藩が”法人”として、様々なカルチャーを生み出した。

 たとえば、薩摩藩であれば、物事の本質をおさえておおづかみに事をおこなう政治家や総司令官タイプを生み出し、長州藩は権力の操作が上手であることから官僚機構をつくり動かした。土佐藩は、官には長くおらず、野に下って自由民権運動をひろげ、佐賀藩は、着実に物事をやっていく人材を新政府に提供した。そして、この人材の”多様性”が江戸日本から引き継いだ最大の財産(無形遺産)という。これは慧眼だなあと思いました。

 企業のダイバーシティもこれに近いと思う。会社が大きくなって、何百人と新卒採用するようになると、一人ひとりの個性を活かすというよりも、まっさらな新人に新人教育で自社の愛社精神を叩き込み、その結果、どこを切っても同じ”金太郎飴”になりがち。これは、あくまで一般論です。

 自分の経験上、この”金太郎飴”は、会社が伸びているときはいいけど、一旦下り坂になると、”みんなとちがうことをやるのはよろしくない”という作用が働き、自発的に行動ができなくなるケースが多く、その結果、次の手が打てず、ゆでガエルになってしまいがち。

 で、”金太郎飴”にならないように必要なのは、やはり、ダイバーシティ。大雑把に本質を捉えて突き進む人も必要だし、官僚機構といった仕組みを作る人も必要。作った仕組みに対して外から監視する人も必要だし、うまくその仕組みを運用する人も必要。

 昨今、ダイバーシティというと、XX比率を上げるべしみたいな定量的な話が多いと思う。もちろん、定量的な指標も必要だけど、なぜダイバーシティが必要かという話も重要かと、司馬遼太郎のエッセイから思ったのでした。

リーンとフランチャイズ

4月 4th, 2015 | Posted by admin in 経営 | 長橋のつぶやき - (リーンとフランチャイズ はコメントを受け付けていません)

 ワークスアプリが15年に新卒を1000人採用するという、すごい決断だなあと思い、いろいろ考えるところがありました。

 かりに、給料ならびに会社負担法定福利費をあわせて一人当たり月額30万とすれば、1000名採用で月額3億円、年間で36億円、かなりの負担と思われます。

 自分の経験からすると、人を雇うのは難しくないけど、人材を活用することは難しい。で、難しいもっとも大きな要素はコミュニケーションコストが増えること。たとえば、一人の上司がいままで5人の部下を見ているところが、突然、大量新卒採用で一気に30人になると、おそらく、その上司は一気に5人から30人相手にしなくてはならず、そのためのコミュニケーションに関わるコストが一気に増える。

 このコミュニケーションコストで、自分が遭遇するのはシステム開発の現場。システム開発も、基本は人を投入するビジネスで、協力会社から人を投入すればするほど効率が上がると思いがちだけど、人を投入すると、コミュニケーションコストが増えて、プロジェクトマネジャーが把握できなくなるケースがそれなりにある。

 で、どうするか?たぶん、二つのアプローチがあると思う。一つは、少数精鋭で頑張るアプローチ。いわゆる、リーン開発といわれる分野で、一人が開発、テスト、企画など複数の役割を担うアプローチ。人をたくさん投入してコミュニケーションコストを上げるよりも、一人にたくさんの仕事をさせる。これは良さげにみえるけど、難しいのは、一人で何役もできる人は、世の中にそれほどいないこと、でも、そうしたデキる人材が何人かいればまわるアプローチ、自分の理想もこれです。

 もう一つは、マニュアル化。フランチャイズのアプローチがこれで、うまくいくエッセンスを抽出して、これを徹底的にマニュアル化する。そして、そのマニュアルに従って、オペレーションをする。売上を拡大するという点では、このアプローチは結構有効だと思う。

 で、リーンとフランチャイズどっちがいいか?

 これはどちらかがいいとはいえない。結局のところ、”仕組みを作ってレバレッジを利かす”という点ではフランチャイズのアプローチは優れているし、”人を活かす”という点ではリーンの方が優れている。

 思うのは、これを両方うまくできる会社が世の中に存在すること。仕組みを上手くつくりながらも、一人何役もできる人材がたくさんいる、こういう会社は強い、こういう会社を作りたいなあと思ったのでした。

  

関心をもつこと

3月 7th, 2015 | Posted by admin in 日々の思い | 長橋のつぶやき - (関心をもつこと はコメントを受け付けていません)

ある方からお伺いしたこと。”愛情の反対は何か?”

マザーテレサ曰く、”愛情の反対は、無関心”だという。

なるほどなぁ、と思いました。

誰かが困っているとき、サポートを必要としているとき、”無関心”を決め込む、たぶん、これは良くないと思う。もちろん、誰でも1日は24時間なので、あらゆることに”関心”をもって愛情を注ぐには限度がある。

でも、自分のできる範囲で、”関心”をもつ、すなわち、”愛情”を注ぐ、これは重要なんだと思う。どんな些細なことでも、より多くの人からの”関心”があれば、大きなモノになる。ビジネスも、まさにそうだと思う。

というわけで、おもったこと、新しいヒト、モノに出会ったら、”無関心”にならないこと。ま、もちろん、全部はできないけど、コミュニケーションをすることが大事なんだと思いました。

歩み寄ること

2月 11th, 2015 | Posted by admin in 経営 | 長橋のつぶやき - (歩み寄ること はコメントを受け付けていません)

先日、ある方からお話をお伺いして、なるほど、と思いました。

自分は全然知らなかったのですが、最近、プロレスが盛り上がっているという。

 で、なぜ、プロレスが盛り上がっているかと言うと、レスラーがお客さんに歩み寄っているからと。

 たとえば、プロレス公演が終わった後、お客さんとレスラーとの懇親の場所があって、レスラーからお客さんに対して、「最近どうっすか?また来てくれてありがとうございました」みたいな、やりとりがあり、レスラーは、そうした歩み寄りを全国規模で繰り返していると。ま、劇場で会えるアイドルにコンセプトは近いかもしれない。

 プロレスというと、オワコンとはいかないまでも、ちょっと古いイメージがあるかもしれない。でも、レスラーが歩み寄ることで、お客さんとしては、「また、次回、彼に会いに行こう」という気になる。

 それで、おもいだしたのが、先日、iPadの青空文庫アプリで、たまたま読んでいた中島敦の「山月記」。学校の教科書には必ず乗っている短編で、主人公は、自分詩を作る才能があり、「オレはスゴイ、イケてる」って思っていたものの、結局、誰にも歩み寄らない結果、虎になってしまった。

このプロレスの話と虎の話、言いたいことは同じだと思う。

 どんなすごいコンテンツでも、それを見て、聞いてくれるお客さんに歩み寄らなければ、結局、独りよがりになってしまう。

で、自分の理解では、これはまぎれもなく営業だと思う。どんなダサい商品でもお客さんに歩み寄って、お客さんのために尽くすことの方が、歩み寄っていないイケてる商品よりも良いと。

 というわけで、今度、プロレスにいってみようかなと思いました。

驕ること

1月 29th, 2015 | Posted by admin in 日々の思い | 長橋のつぶやき - (驕ること はコメントを受け付けていません)

スカイマークの件で思うこと。

自分はスカイマークの社長とは面識もなく、航空ビジネスもわかっていませんが、思ったこと。なぜ、スカイマークは、経営不振に陥ったか?

自分が思うに、おごり、があったんだと思う。スカイマークは、もともと、B767中心の高コストオペレーションを、徹底的なコストダウンが奏功し、一時は営業利益100億を越えるまで拡大し、次はJAL,ANAを抜くと意気込んだという。

で、そうなると、”俺たちはJAL,ANAと同じですごい”、”LCCなんてとるに足らない”、というマインドセットになりがち。で、このマインドセットが続くと、いつの間にか、とるに足らないと思っている相手にやられるのは、よくあること。

やっぱり、おごりなんだと思う。変化している環境のなかで、謙虚に、お客さんに学ぶ、競争相手に学ぶ、そうした謙虚な気持ちを持つか持たないかで、全然、違うと思うのです。

驕れるものは久しからず、900年近く前の平安時代からのレッスンがこのケースにも当てはまるかと。常に身を低く、謙虚に、学ぶ、これが重要なんだと思いました。