偶然のチカラ

1月 31st, 2026 | Posted by admin in 長橋のつぶやき - (偶然のチカラ はコメントを受け付けていません)

 ちょっと前の正月明けのことですが、日経新聞に掲載されていた沢木耕太郎のエッセイ「敵か味方」に、思うところがありました。彼は昨年、マレーシアに滞在した際、周囲がタクシーアプリ「Grab」を使っているのを見て、自分も試してみたところ、あまりにも便利で、まるで「どこでもドア」のようだと感じたそうです。ただ、その便利さは同時に、旅に豊かさをもたらす「偶然」を排除してしまう側面もある。つまり、デジタルは味方でありながら、同時に敵でもある、という指摘です。

 たしか、沢木耕太郎は、以前にも似たテーマの文章を書いていました。地方を旅し、気の向くままふらりと入った店で食事をすることこそが旅の醍醐味であり、食べログのようなデジタルサービスは、その醍醐味を損なうのではないか、という趣旨だったと記憶しています。デジタルで検索すれば、すぐに「正解」にたどり着ける一方で、アナログがもたらす「偶然」には、また別の味わいがある。その価値は、必ずしもデジタルでは再現しきれないものかもしれません。

 先日ネットをみていたら、JR東日本の「どこかにビューーン!」というサービスを知りました。出発日時や東京駅などの出発駅を指定すると、4つのランダムな行き先候補が提示され、その時点では行き先は確定せず、出発日の3日前に最終的な行き先が通知される仕組みだそうです。ランダム性があるため、ビジネス用途には使いづらいかもしれませんが、料金も手頃で、「どこかに日帰り旅行したい」というニーズにはうまく応えているように思います。そして何より、この旅に豊かさをもたらす「偶然」を、意図的に組み込んだサービスのように思います。

 で、「どこかにビューーン!」は、電車の話ですが、デジタル時代だからこそ、「偶然」を設計する余地が生まれているのかもしれません。たとえば、自分は毎年12月に「今年読んでよかった本5冊」を紹介していますが、本との出会いにも「偶然」は欠かせない要素です。アマゾンのレコメンデーションは、購買履歴に基づいて最適化されている分、「まあ、そうだよね」という予定調和的な提案が多く、新たな発見や思いがけない僥倖は、以前より減っているように感じます。だからこそ、こうしたフィルターのかからない「偶然」こそが、新しい価値につながるのではないかとも思います。いっそのこと、ランダムに選んだ5冊を毎月送るサービスみたいに振り切ってもいいのかもしれないですね。

 というわけで、フィルタリングとレコメンドが当たり前になった現代だからこそ、あえて「偶然」に身を委ねることの価値は、むしろ高まっているように思いますが、いかがでしょうか?

2025年 読んでよかった5冊

12月 29th, 2025 | Posted by admin in 長橋のつぶやき - (2025年 読んでよかった5冊 はコメントを受け付けていません)

 毎年、12月の最後に1年で読んでよかった本を紹介しています。2019年から毎年読書メーターでカウントしていて、今年は91冊、去年が93冊、生活のリズムはかわらないので、だいたい同じ感じかと、累計で747冊になりました。ここ最近の状況としては、やはり、電子化が進んでいて、書店での偶然で出会いがなく。面白い本を見つけるには、情報を取りに行かないといけないように思います。その中で読んでよかった5冊です。

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1.国宝 上下 https://amzn.to/4jkrLk8

 やはり、今年は、「国宝」の1年だったのではないでしょうか。自分は映画を観て、原作を読みました。ややネタバレですが、原作だと喜久雄、俊介につぐ第3の主人公ともいうべき徳次が最後までイイ役を演じてますが、映画だと長崎編で終わっていたりと、時間制限もあるのでだいぶ端折っています。ただ、それを補って余るのが歌舞伎の映像美で、こういう風に舞台裏から歌舞伎が見えるんだ、と思わせる映像が素晴らしく、くわえて、喜久雄の吉沢亮、俊介の横浜流星の演技も圧巻でした。という点で、映画版も原作に劣らない、いや、原作を凌ぐ稀有な作品だと思いました。最近、洋画がだらしないのか、邦画のクオリティが上がっていますよね。国宝しかり、「鬼滅の刃」無限城編 」第一章 猗窩座再来」も素晴らしかったです、「35年目のラブレター」の原田知世のいつまでも変わらないっぷりも瞠目でした。国宝は、もう、外国賞といわず、アカデミー作品賞で良いのではないでしょうか。

2.潮音 1~4 https://amzn.to/4b9KCwa 

 自分のなかで「国宝」に負けず劣らず印象に残ったのが「潮音」です。宮本輝は、もともと好きな作家で、今のTBS日曜劇場のドラマ「ザ・ロイヤルファミリー」の元祖というべき「優駿」、完結まで30年近くかかった自叙伝的な大河小説「流転の海」と読みました、「流転の海」は、ラストが辛かったです。で、今回、「潮音」は、初の歴史小説ということで、1巻は買ったものの、長らく積読状態でした。が、読み始めたら止まらなく、久しぶりに電車を乗り過ごす経験もしてしまいました汗 この本は幕末から明治にかけての富山の薬売りの川上弥一の物語です。で、これは単なる富山の薬売りの話ではなく、富山で薬を製造するためには、中国清から原料を輸入する必要があり、その輸入に対して薩摩藩が琉球を通じて抜荷(密輸)をするという富山藩、薩摩藩での密約がありました。というわけで、この物語は、富山の薬売りという話だけではなく、薩摩藩からみた幕末・明治の動乱の物語であります。

3.対馬の海に沈む https://amzn.to/4aGBgYN

 著者は、長年、JAを取材していて、そのなかで、JA対馬でライフアドバイザー(LA)をしていた西山氏が全国のLAでもトップクラスの営業力を誇っており、トップLAが一堂に集まる「LAの甲子園」でいつも表彰されていて、なぜ、過疎化が進む対馬で全国でもトップ営業になれるのか疑問に思っていたところ、西山氏が車ごと対馬の海に飛び込みました。で、このカラクリは、「自作自演」で、母親の生命保険営業で獲得した顧客を受け継ぎ、その顧客に対して、JA共済を契約し、台風が来たら虚偽の被害届を出して保険金を申請するということを繰り返していたそうです。もちろん、これは本人の意識もありますが、対馬というクローズな村社会で「見て見ぬふり」をしたことも被害を大きくしたと筆者は指摘します。今年のフジテレビの不祥事も「見て見ぬふり」をした話でもあり、コンプライアンス体制というか、悪いことを悪いと判断する組織体制、仕組みも大事だと実感しました。

4.ベルリンフィル https://amzn.to/49bh7aK

  ベルリンフィルは、いまでは、世界最高峰のオーケストラですが、1882年設立された当時は、ドイツにある地方のオーケストラで、会社で言えば、生まれたてのベンチャー企業でした、最初は経営が安定せず、いつも資金不足に悩まされましたが、1900年代あたりから定期演奏会にくわえて、国外演奏会を開催するなどマネジメントを強化し、次第に経営が安定しました。そして、第2次世界大戦中ナチスドイツに政治利用されたフルトヴェングラー、戦後、アメリカの民主化に政治利用されたヘルベルト・フォン・カラヤン、という2名のスター指揮者の登場で世界最高水準のオーケストラにまで育ち、今に至るという話です。二人のスター指揮者は、毀誉褒貶というか、やりにくさもあったようで、とくにカラヤンは日本ではソニーと一緒にCDの規格を作った巨匠のイメージがありますが、つねに独善的な行動をしていて、勝手にザルツブルク音楽祭を作ったり、アカデミーを作ったり、団員は辟易していたそうです。今年は、7月5日にベルリンフィルの野外コンサート「ヴァルトビューネ」の世界初海外公演を聴く機会もありましたが、この「ヴァルトビューネ」もカラヤンの独善的な行動に団員が嫌気をさして、勝手に野外コンサートを企画した結果だそうです。

5.戦闘力 なぜドイツ陸軍は最強なのか https://amzn.to/3NligoL

 第二次世界大戦中、ドイツと米国の陸軍を分析していて、圧倒的にドイツ軍のパフォーマンスがよく、なぜ、ドイツ陸軍が最強なのか?という話です。なぜ、ドイツ陸軍が最強なのか、筆者は「任務指向型指揮制度」にあると指摘します。「任務指向型指揮制度」は、自分の理解では、中隊長に権限を与え、指揮官は、自らの部下にどうすべきではなく、何をすべきかを命じるように訓練され、全体の枠組みの範囲内であれば、部下は自分で計画して実行する裁量が与えられる制度です。一方、アメリカ軍の場合は、こうした裁量制度はなく、人間を機械のように扱う科学的手法を採用しており、兵士が不足したら補充するという機械的なオペレーションが、結果として戦闘力の差を生んだという話です。これは会社でもありますよね。「何をすべきか」という共通な目標を設定した上で、権限委譲をすることで、組織の力が活きるのは、古今東西共通な話でもあります。

働き方改革に思う

11月 29th, 2025 | Posted by admin in 長橋のつぶやき - (働き方改革に思う はコメントを受け付けていません)

 さて、先日のニュースで、2019年に成立した働き方改革関連法案について、高市政権のもとで見直しの議論が出ているとのことです。この法律は、時間外労働の上限を「月45時間・年360時間」と定め、長時間労働を減らし、育児や介護との両立をしやすくすること、過労死を防ぐことが目的と理解しています。

 で、この残業規制の背景には、働く人の健康を守るだけでなく、「働き方そのものを変えて、生産性を高めていこう」という期待もあったのだと思います。例えば、経費精算をExcelから経費精算システムに移す、営業日報をもっと簡単にする、会議を見直す──そんな工夫を積み重ねることで、仕事の進め方を効率化し、結果として残業が減っていく。社員は時間に余裕ができてライフワークバランスが整い、会社は生産性が上がって業績が良くなる。双方にとってWin-Winというイメージです。

 ところが、施行から6年が経った今、どの会社もそうした理想の状態にたどり着いたかというと、現実はなかなか難しいのではないでしょうか。もちろん、生産性向上にしっかり取り組み、残業ゼロでも成果を出している会社もありますが、まだ少数派かもしれません。一方では、やる気のある若手が「もっと仕事したいのに残業規制で仕事ができない」という話を聞いたり、残業規制に引っかかり、残っている仕事を家に持ち帰る、いわゆる、サービス残業が増えているという調査結果もあるようで、本来の目的とはずれているように思います。

 結局のところ、この話は「働き方の多様性」なのかもしれないです。がっつり働いてキャリアを積みたいスタイル、長時間労働をいとわずバリバリ働くことが向いている人もいれば、工夫して短時間で高いパフォーマンスを出す働き方もあります。自分はどちらかといえば、後者のタイプで、どうやったら楽に最小限の時間・リソースで最大限のパフォーマンスを得ることができるかをいつも考えるタイプなので、「これから毎日、朝から晩までハードワークで働くべし」と言われたら、へこたれてしまいそうです汗 ただ、本当に新しいモノ、他社が真似できないモノを生み出すには、圧倒的な努力が必要であり、これは後者ではなく、前者からしか生み出すことはできないではないでしょうか。 

 という点で、今回の見直し議論は大賛成で、時間外労働の条件規制の枠組みから少し離れて、もう少し柔軟な、個々のスタイルを尊重したルールづくりにつながっていけばよいのではないかと思います。

Bリーグと地方創生

10月 30th, 2025 | Posted by admin in 長橋のつぶやき - (Bリーグと地方創生 はコメントを受け付けていません)

さて、先日、ある方からBリーグについてお伺いしました。Bリーグは、プロバスケットボールリーグで、最近、バスケットボール人気もあり、26年から新しくBリーグプレミアをスタートするそうです。

 で、このBリーグプレミア、昇格条件がただチームが強ければよいという話ではなく、条件として、1.独自のアリーナをもち、平均4000人以上の観客来場を見込る&アリーナでの必要日数を確保することができること、2.売上が12億円以上あることが基準になる、すなわち、選手が強いだけではだめで、アリーナをふくめた安定した経営基盤を持つことが条件だそうです。

 経営基盤がしっかりしているのは、納得ができる話ですが、論点があるとすれば、アリーナを持つというあたりでしょうか。Bリーグの開催は年間30回ほどなので、アリーナがあったとしても、つねに利用しているわけではなく、バスケットボール開催以外は、コンサートなどの利用が前提のようです。

 おそらく、東京・名古屋・大阪周辺の首都圏であれば、自社アリーナを建設して、年間利用30日でも、コンサートなどで埋まるような気がします。が、このモデルが全国津々浦々まで適用できるかといえば、なかなか難しいようにも思います。かつて、バブルの時代、「ふるさと創生」という名目で、1億円の補助金を出しましたが、大半の地方自治体が「ハコモノ」を生み出し、結果として、「ハコモノ」の供給とニーズがマッチしませんでした。

このあたりに「地方創生」の難しさもあるように思います。「地方創生」は、総論賛成ですが、「誰がおカネを出すの?」、「どうやって人を集めるの?」という各論になると、ちゃんとこの各論に踏み込めるのは、ふるさと納税などで財源が安定している市町村に限られているように思います。

 で、先日、日経新聞で「コンパクトシティ」の話がありました。コンパクトシティは、その名の通り、町をコンパクトにすることで、集約エリアと非集約エリアにわけるそうです。そこそこ人が多い「集約エリア」については、徒歩中心のウォーカブルな街づくりであり、車に依存せず移動できるコンセプトで、幹線系道路に次世代型路面電車(LRT)、バス高速輸送システム(BRT)、自動運転バスなどの定時性と利便性を備えた公共交通を導入。一方、過疎化地域である「非集約エリア」は、パーソナルモビリティを軸とした交通環境整備であり、特に車の運転が難しくなった高齢者や免許を持たない人に対して、ライドシェアの自動運転サービスを提供します。高齢ドライバーに関連した交通事故は深刻な社会問題となっており、ロボットタクシーなどの導入は喫緊の課題のようです。

 で、プレミアBリーグのアリーナに話を戻すと、おそらく、アリーナは「集約エリア」であれば、成立するさらには交通アクセスもよくなって観客が動員しやすい話のように思いますが、「非集約エリア」であれば、バブルの「ハコモノ」になってしまいそうです。 なので、最初のBリーグプレミアのアリーナと平均観客4000人、売上高12億円という安定した経営基盤は「集約エリア」で成立する話なのかもしれませんね。

寺子屋に思う

10月 2nd, 2025 | Posted by admin in 長橋のつぶやき - (寺子屋に思う はコメントを受け付けていません)

先日、久しぶりに歌舞伎を観る機会がありました。学生時代は時間があると幕見で足を運んだこともありましたが、歌舞伎座で腰を据えて鑑賞したのは本当に久しぶりです。おそらく最近映画化された『国宝』の影響もあると思います笑

 9月の演目は『菅原伝授手習鑑』。人形浄瑠璃から始まった作品で、全六幕を通して観れば丸一日かかる大作です。自分が観たのは後半部分で、最後は単独でも上演される名場面「寺子屋」です。以前にも観た記憶があります。

 で、改めて「寺子屋」を観ると、不思議なモヤモヤが残りました。物語はこうです。
寺子屋を営む武部源蔵は、左遷された菅原道真の子・菅秀才を匿っています。ところが、その事実が露見し、政敵・藤原時平から「首を差し出せ」と命じられます。そこへ首実検にやって来るのが松王丸。彼はいまは藤原時平に仕えているものの、本心ではかつての主君・菅原道真への忠義を忘れてはいません。そこで、菅秀才の身代わりとして自分の息子・小太郎を差し出し、我が子の首を自ら検める、という話です。

 この場面で有名な一句に「せまじきものは宮仕え」があります。今風にいえば、サラリーマンはつらいよといったところでしょうが、主君のために我が子を差し出す忠義は、現代の感覚からすれば理解しがたいですよね。で、終わってからもモヤモヤしていたのは、この「寺子屋」を通して何を伝えようとしているのか、という点でした。

 松王丸は、序盤ではかつての主君の子を追い詰める冷酷な悪役として登場します。しかし、終盤では忠義と父性愛の板挟みに苦しみ、ついにはわが子を犠牲にする姿が描かれる。観ているうちに「悪人」から「善人」へと印象が変わります。これは役者の力量が問われますよね。で、松本幸四郎の松王丸は、前半の憎々しい悪役から後半の悲嘆に暮れる父親までを見事に演じ分けていました。

 では、松王丸は善人なのか、悪人なのか?
 

 私たちは何事にも「良い」「悪い」とレッテルを貼りがちですが、その二分法自体が本当に意味のあることなのか疑問に思えてきます。ニーチェは「善悪の彼岸」で、善や悪の概念は絶対的なものではなく、社会や文化によって形作られた相対的なものに過ぎないと説きました。ある文化で「善」とされるものが、別の文化では「悪」と見なされることもある。だからこそ、道徳を無批判に受け入れるのではなく、批判的に考える姿勢が必要だ、と。

「寺子屋」を観て抱いたモヤモヤは、この「善悪の彼岸」のモヤモヤなのかもしれないと思いました。

4度目の干支

7月 29th, 2025 | Posted by admin in 長橋のつぶやき - (4度目の干支 はコメントを受け付けていません)

 さて、今年は4度目の干支の年男です。前の干支からもう12年、時が過ぎるのは早いものです。で、ふと、昨日、12年前の干支といま、何か変わったか?とランニングしながら、振り返ってみました。


 で、変わったことがあるとすれば、日々のルーチンを少しはこなせるようになった気がしています。もともと、自分はルーチンワークは得意ではなく、気分屋なところがあって、気が乗ったときには勉強とかをやる、気が乗らないときはダラダラと、わりとアップダウンが激しい性格で、新しいことを初めても、すぐ飽きてしまう性格ではありました。


 が、たぶん、10年くらい前から、どういうきっかけかは覚えていないのですが、1.月1度以上定期的に文章を書いて公開する、2.1か月に50km以上走る、3.年間95冊本を読む、という活動をスタートしました。爾来、とくに、苦痛でもないので、いまでも続けることができています。そういう意味で、いい意味でムラがなくなってきたのかもしれません。

 この小さな習慣の継続は自分としては大事だと思っていて、昨日のイチローの野球殿堂入りのスピーチは、わが意を得たり、と思いました。イチローはこう言っています。「こうした記録を達成できたのは、毎日、19年間一度も欠かさず、小さなことを大切にしてきたからです。私は毎日、自分の道具を自分で手入れしていました。グラブのひもが緩んでいてエラーをするのも、スパイクが汚れて走塁時に滑ってしまうのも、絶対に避けたかったからです。」 自分のこの3つの習慣の先にイチローのような大記録があるとは思いませんが汗、こうした小さな習慣の継続が、自分らしく生きる、満ち足りた状態(ウェルビーイング)に近づけるような気もしています。

 もう一つこの12年間で学んだのは、「受け容れる」ことでもあります。2017年8月、ストレスもあったのでしょうが、右目の半分が突然真っ暗になり、眼科に診察してもらったら、網膜剝離で即入院、そこから上手く網膜がくっつかず何度か手術しました。その際、たまたま、オーディオブックで聞いていたのが、「武士道」であり、運命を穏やかに受け入れ、危険・トラブルが起きても心を平静に保つべしという内容が沁みました。自分の思い通りにいかなくても、それを受け容れて、次にどうすればよいかと考える。こうした学びが、12年間振り返って、大きかったようにも思います。

 さて、次の干支を迎える2037年は、干支が一回りする還暦でもあります。自分がもうそんな年かと信じられなくはありますが、でも、前クールのドラマ「続・続・最後から二番目の恋」では還暦・定年前がテーマでしたが、そんなもんなのかも、とも思いました笑いずれも、身構えるのではなく、常に新しいことに取り組み、ワクワクした日々を送りたいと思います。今年もどうぞよろしくお願いします!

ノンエンジニアのためのChatGPTとPythonによる業務自動化・データ分析実践スキル習得セミナー

6月 9th, 2025 | Posted by admin in 長橋のつぶやき - (ノンエンジニアのためのChatGPTとPythonによる業務自動化・データ分析実践スキル習得セミナー はコメントを受け付けていません)

7月9日にセミナー開催です。

「ノンエンジニアのためのChatGPTとPythonによる業務自動化・データ分析実践スキル習得セミナー」

https://www.jpi.co.jp/seminar/17442

入り口を絞るから広げる

5月 28th, 2025 | Posted by admin in 長橋のつぶやき - (入り口を絞るから広げる はコメントを受け付けていません)

 先日、新聞でナイキのブランド価値が下がっているという記事を読みました。ナイキといえば、自分がものごころをついたころはマイケル・ジョーダンやタイガー・ウッズの全盛期と被っており、スポーツ用品と言えばナイキというイメージがあっただけあって、はて?と思いました。

 なぜ、ナイキのブランドの価値が下がっているのか?一言で言えば、D2C(Direct To Consumer)の躓きにありそうです。D2Cは、その昔、本を書きました、「D2Cの基本と仕組みがよ~くわかる本」(秀和システム、2021年3月)。で、その際は、製版一体のビジネスをヒントに、顧客がプロダクトを最初に認知する入口から実際にプロダクトを購入するところまで、ネット・スマホ活用によって、よりリッチな顧客体験ができるという話でした。

 この話でいえば、ナイキが躓いた理由は、「入口を絞る」ところにありそうです。具体的には、ナイキの前CEOドナホー氏は、イーベイ出身もあり、ネットビジネスの知見を生かし、EC事業の強化と直営店販売の拡大に動いた、すなわち、「入口を絞る」戦略を策定しました。

 こうした「入口を絞る」戦略は、2020年kらの新型コロナウィルスの拡大感染期には、EC用アプリの「ナイキアプリ」や限定モデルなどを扱うスニーカー販売アプリの「スニーカーズ(SNKRS)もヒットし、さらには、アマゾンや小売店フットロッカーなどの小売への販売も制限して、直営店への呼び込みをはかり、売上に占める直営店比率は4割まで拡大しました。

 が、新型コロナウィルス感染が収束すると、「入口を絞る」戦略は裏目にでました。やはり、誰もが直営店に通う、ナイキの熱狂的なファンであるわけではなく、ショッピングモールにいったらナイキじゃなくて、HOKAのスニーカー、あるいは、日本だとアシックスも増えています。さらに、自分が毎年、楽しみにしている箱根駅伝でも、一時はナイキが独占していましたが、2025年では、ナイキのシェアは23.3%、2023年の61.9%からだいぶシェアを落としていて、アディダス、アシックスのシェアがナイキを上回っています。

 こうした結果、ナイキが人々の目にとまらなくなり、売上も4四半期減収、世界ブランド力のランキングも2017年の26位から25年には66位まで大幅に下がったそうです。まあ、方丈記で言えば、「大家滅びて小家となる」といったところでしょうか。

 このナイキのブランド低下力の話、いろいろな論点がありそうです。個人的には、「入口を絞る」戦略が問題と認識しました。たしかに、デジタルの場合、特定の顧客に向けてアプリなどで「入口を絞る」ことができます。が、誰もがナイキのアプリをインストールしているわけではなく、たまたま、ショッピングモールでクールなスニーカーを見つけたから買おう、いわゆる、偶然の出会い「セレンディピティ(serendipity)」もあり、「入口を絞る」とは正反対のアプローチでもあります。むしろ、直営店だけではなく、量販店、ECといった面を増やす、いわば、「入口を広げる」ところに、ナイキの教訓、さらには、D2Cの可能性とも思いました。

 「入口を広げる」、たとえば、モールにショップを増やすだけではなく、いろいろやり方がありそうです。箱根駅伝もアピールの手段ですよね。箱根駅伝は、日本の駅伝の頂上です、そこで圧倒的なシェアをとれば、「これはすごい、ナイキのシューズを買ってみよう」と「入口が広げる」ことになりそうです。それは、「入口を絞る」とは逆のアプローチではありますよね。というわけで、「大家滅びて小家となる」、これは栄枯盛衰の必然かもしれないですが、とはいえ、「入口を絞る」のではなく「入口を広げる」ことが大事なのではないでしょうか。

「成功する音楽家の新習慣」から見る成功の法則とは

4月 29th, 2025 | Posted by admin in 長橋のつぶやき - (「成功する音楽家の新習慣」から見る成功の法則とは はコメントを受け付けていません)

 いつもチェックしているゴルフブログで紹介されていた「成功する音楽家の新習慣」を読みました。残念ながら自分は音楽、楽器の類はほとんどできないのですが、いろいろ発見がありました。そのなかで、音楽家としてどうしたら成功できるか?というのは、単に音楽家に限らず普遍性があるようにも思いました。

 まず、どうしたら音楽家として成功できるか?この本は、3部から構成されていて、第1部 練習上手になる、 第2部 恐れず演奏する、 第3部音楽家であり続けるために、です。ざっくりいえば、1.深く練習して練習上手になって、2.プロとして恐れず演奏して、3.故障などを防いで音楽家としてのキャリアを築くこと≒音楽家として成功する習慣と理解しました。この1.練習、2.本番、3.ケアを習慣化することは、これは音楽家に限らず、スポーツでも、芸術でも、ビジネスでも通じるものがありそうです。 

 この3つの中で最も重要と思われるのが、深く練習して練習上手になること、と理解しました。そして、著者は深く練習することをこう定義します

「深く学んだと言えるのは、学んだ知識で自分が変わったときー数学の試験のためだけに勉強するのでなく、実際に使ってみる、たとえばその知識の彫刻のデザインに応用したときだ。そんなとき、数学の原理は生きたものとなり、どんな試験よりもずっと長く記憶に残る。深い練習の過程には、さらには幅広い内容が含まれる。深く練習すれば、曲であろうと練習課題であろうと、さまざまな面から追求し、何にでも興味深い点を見出すことができるようになる。そうなれば、舞台上で自信をもって芸術的にふるまうことができる(p29)。」

自分の理解では、世の中知っただけではダメで、知ったことを実践すべしという、陽明学でいう、知合同一の考え方でもあります。で、練習上手になると、次のステップ、2.恐れず演奏するにもつながりそうです。プロであっても、人前で演奏するのは誰も不安がつきまといます、ただ、深く曲を学ぶ、深く練習することは、こんなメリットがあると指摘しています。

「曲を深く学ぶことがでえきれば、気づきの力を高めてプレッシャーにも強い土台をつくることができる。それができたら、これまで準備してきたことを足掛かりにすれば、本番では自分自身を心のおもむくままに表現できる。」(p158)

 最後は、3.音楽家としてあり続ける、一言で言えば自己管理です、曰く、

「創造的に活動し続けている音楽家は、練習と本番のスキルに秀でているのはもちろんだが、自己管理にも積極的に取り組んでいる。そして自分の身体の限界を尊重し、音楽への情念を日々新たにし、音楽としてのキャリアをたどる中で困難に直面してもひるまずに受け入れる。「私たちの中にある、気分を新たにしてくれるもの、平和に満ちたもの、癒してくれるもの」につながっているのだ。(p243)

 というわけで、結論、音楽家、あるいは、スポーツ、芸術、ビジネスでどうしたら成功するか?この3つのプロセスがヒントになりそうです。音楽、スポーツは、練習・本番・ケアはハラオチしますが、ビジネスだとどうでしょうね。

自分の感覚から言えば、1.深く練習して練習上手になる=社会のルール、会社のルール、ビジネスモデルを理解・練習して、実際に使ってみる、2.プロとして恐れず演奏する=失敗を恐れず、仕事・新しい事業にチャレンジする、3.音楽家としてあり続けるために=常にモチベーションを保つ、あたりでしょうか。とすると、1→2→3と逐次つながる話ではなく、1.練習上手になるべく常に研鑽しながら、2.プロして恐れずチャレンジしながら、3.モチベーションを保つ、同時に展開するプロセスかもしれないですね。

テクノロジーという「波」

3月 30th, 2025 | Posted by admin in 長橋のつぶやき - (テクノロジーという「波」 はコメントを受け付けていません)

 いままで、テクノロジーについて何度か書く機会がありましたが、テクノロジーに対する自分の理解は「波」です。「波」にも、すぐに消える「さざ波」、高く押し寄せる「ビッグウェーブ」があるように、テクノロジーにも、すぐ消える「さざ波」、一大トレンドになる「ビッグウェーブ」があるように思います。後者の「ビッグウェーブ」では、インターネット、モバイル、AIあたりでしょうか。

 で、自分の経験・理解では、この「ビッグウェーブ」に乗りつづけるのは難しいということです。たとえば、やや前の話ですが、前職では、スマホの前のガラケーのソフトウェア開発をしていました。で、世の中に携帯電話が登場しはじめた90年代後半から10年くらい「ビッグウェーブ」が来ました。が、そのあと、iPhoneが登場してスマホという次の「ビッグウェーブ」が来ました。世の中の「波」をちゃんと見ることができる波乗り上手であれば次の「ビッグウェーブ」に乗れるのでしょうが、こうした機を見るに敏はなかなか難しいなぁ、という問題意識を持っています。

 さて、今週の月曜である3月24日(月)、慶應の卒業式に参加しました。卒業式は、卒業後25年経つとご紹介いただけるイベントです。自分はSFCだったので、日吉キャンパス訪問は在学中も数えるほどでしたが、だいぶ久しぶりに参加してきました。その卒業式で、伊藤塾長の式辞に思うところがありました。いわく、「現代のテクノロジースキルの平均寿命は5年で、短いものだとたった2年半しか続かない。つまり、自分が身につけたスキルは2年半から5年で陳腐化するため、仕事上の新しい挑戦を克服するためにも、学び続ける力が必要なことは明らかと。で、何のために学び続けるのか?それは、個人としての自由独立を得ることであり、それは福澤先生のおっしゃった「一身独立して、一国独立する」の言葉通り、国や社会としての自由独立につながる」と。

 このテクノロジーの「波」の話と、伊藤塾長の式辞、自分の中ではつながるところがありました。テクノロジーの「波」には、「ビッグウェーブ」があるかもしれないが、基本は、永遠に続くことはなく、いつか陳腐化する、たとえ、「ビッグウェーブ」に乗ったとしても、そこに安住しないで、常に学び続けること、それが機を見るに敏につながるのではないかと。もう一つは、テクノロジースキルも陳腐化するので、全部をやらなくてもよいかもしれません。「波」を根気強く待っていれば、「ビックウェーブ」が来るように、「待つ」ということも選択肢の一つかもしれません。気が付けば、最近こうした話を聞く機会も減っており、よい気づきの機会となりました。