会計ソフトと関心を持つこと

4月 7th, 2016 | Posted by admin in テクノロジー | 経営 | 長橋のつぶやき - (会計ソフトと関心を持つこと はコメントを受け付けていません。)

 先日、ある方とお話しして、なるほど、と思ったことです。

 その昔、アナリストをやっていて気が付いたのは、会計ソフトを開発・販売している会社は利益率が高くて、景気にあまり変動なく業績が安定している。で、それはなぜだろうというのが、前からの疑問でした。

 で、その方いわく、会計ソフトが変更が多い。たとえば、消費税は本当であれば昨年の10月から10%になる予定だったけど、いまのところ、8%、さらには今後も変わる可能性がある。くわえて、今後は軽減税率で、品目によって消費税が変わる可能性もあると。

 というわけで、ソフトを使っている方にとっては、やはり、こうしたイベントが起きると更新せざるをえない。そして、重要なのは、こうした更新というイベントにおいて、要所要所でコミュニケーションがあること。

 まあ、オンラインであればアップデートだけでいいけど、たとえば、営業が「消費税が上がるのでアップデートお願いします」という動機ができて、そっから、芋づる式にお客さんのニーズに応えていくと。

 マザーテレサはこう言ってます。「愛の反対は憎しみではなく無関心です」と。ソフトを入れっぱなしで、おカネだけもらって、その後、無関心の放置プレーだったら、やっぱり、お客さんとしては、もういいや、となってしまう。でも、消費税が変わるタイミングでセールストークを仕込んで、お客さんに関心をもつ、これが会計ソフトの高い利益率、業績の安定につながるのかなあと。ただ、これって会計だけではなくて、お客さんに関心をもつ、これが大事なんだと思いました。
 

世界ハイテクウオッチ ラックスペース

8月 27th, 2015 | Posted by admin in イノベーション | テクノロジー | 長橋のつぶやき - (世界ハイテクウオッチ ラックスペース はコメントを受け付けていません。)

http://www.sbbit.jp/article/cont1/30098?ref=150827bit

連載中の米国ハイテク企業ウオッチにラックスペースの記事を寄稿させていただきました。

【連載】米国ハイテク企業ウォッチ
ラックスペースは、なぜアマゾンAWSやマイクロソフトAzureと「互角に」戦えているのか
http://www.sbbit.jp/article/cont1/30098?ref=150827bit

パーソナライズと経験のあいだ

11月 8th, 2014 | Posted by admin in イノベーション | テクノロジー | 長橋のつぶやき - (パーソナライズと経験のあいだ はコメントを受け付けていません。)

最近、おもうこと。

最近は、あらゆる分野でパーソナライズが進んでいる。

たとえば、グーグルでは、検索履歴から、自分が次に検索したいものを自分の嗜好にあわせて、提案してくれる(パーソナライズ)。

検索する本人にとっては、「あ、これで検索しようとおもっていた」ということで、提案の精度が高ければ、良いことだ。

そう、デジタル化の進展でパーソナライズが進んでいるけど、世の中すべてがパーソナライズするのだろうか? 

先日、そんなことを考えては、「まあ、そうかもね」と、もやもやしていた。

で、先日、元ミュージシャンで気の合う仲間と話していて、こんな問いをぶつけてみた。

「音楽をライブで聴くお客さんって、性別も違えば、年齢も違えば、趣味・嗜好も違う、そんななかでどうやってお客さんを満足させることができるの?」

彼は、こう答えた。

「お客さんに自分の思っていることを問いかけをして共感してもらう。そして、熱意を伝える。それで、会場が一体になる。たとえば、矢沢永吉のコンサートに一回行ったら確実に共感できる。ビジネスとしたら、次の日、熱意が冷めやらぬうちにファンクラブの勧誘をするのがよい。」

なるほどなあと思った。

パーソナライズというのは、言ってみれば、”お客様第一主義”的な発想だと思う、すなわち、ユーザのことを考えて、ユーザが心地良いものを提供する。

そして、その対極にあるのが、このライブ。アーチストが”熱意”を伝えて、その熱意に観客が惹きこまれる。

たぶん、このライブは、”体験”ともいえると思う。

かつて、スティーブ・ジョブズは、自分の世界観がグレートだと信じて、シンプルな自分の世界観をiMac,iPhoneなどのプロダクトに託した。そのプロダクトには、彼の世界観しか投入されていないので、余計なことは何もできない、伝記によれば、彼はApp Storeさえも最初は反対したとか。そのおかげでセキュリティは保てる。それは置いといて、アップル製品が魅力的なのは、スティーブ・ジョブズの洗練された”体験”をユーザが追体験できるからだと思う。

この”体験”はパーソナライズというよりは、むしろ、”オレの世界観を味わってくれ”といったトップダウンではないと面白くない。ビジネスでよくあるのは、色々な人の話を聞いて、それを反映した結果、”妥協の産物”っぽくなってつまらない製品・サービスになってしまうというのは枚挙にいとまがない。

というわけで、結論。

たしかに、パーソナライズというのはいろいろ便利だし、これからもパーソナライズは増えると思う。

でも、全部がパーソナライズされるわけではない。

むしろ、パーソナライズ化が進んだ結果、”オレノ世界観を味わってくれ”という経験の方が新鮮というケースもあるし、こういうサービスももっと増えてもいいと思う。

そう、やっぱり、パーソナライズ万能ではなく、経験も重要ってことです。

ソースコードと一次情報

8月 5th, 2014 | Posted by admin in テクノロジー | プログラミングを考える | 長橋のつぶやき - (ソースコードと一次情報 はコメントを受け付けていません。)

このところサーバ・アプリ設定なんかをちょこちょこやる機会があり、いろいろと発見がありました。

かつては、エンジニアとして、実際のプログラミングとかインフラ構築なんかをやった経験はあるけど、最近は、プランニングなどの経営管理が中心なので、基本、素人レベルです。

で、素人なりに試行錯誤をすると、それなりに発見もある。

その昔、一晩かけてプログラムのソースをコンパイルし、コンパイルが通らなかったら、ソースを修正して、バイナリにして、プログラムを動かしたことがよくあった、よくあった、というより、それが普通だった。

最近になって、パッケージで楽にいけるかと思ったら、意外とてこずるケースが多い。ライブラリのバージョンが古いので、インストールしなおし、パスが通っていない、などなど。さすがにCPUが速くなったので、一晩かけてコンパイルするということはなくなったけど、やはり、同じことの繰り返し。

それで思うのは、ソースにあたること。ウェブでインストール方法とか書籍とかあって、”この通りにすればインストールできます”的なものはたくさんある。これはこれで、すごく有用で、助かるのだけど、この通りやればよいという話でもない。やっぱり、掲載当時は新しいものでもバージョンが上がって古くなったり、あるいは、機種の互換性があわなかったりなど。だから、上手くいかないときはマニュアルに頼るのではなくて、実際のソースコードを見て、どこがまずいのかを調べて、切り分けること、これが結構大事だと思う。

で、このソースにあたるということ、たぶん、エンジニアだけに求められるものではないと思う。

たとえば、アナリスト・コンサル・ジャーナリストといった第3者があるトピックに対して取り扱う場合、”ソースにあたる”1次情報と、マニュアル的な2次情報がある。後者でいえば、”新聞がこう言っていたから、この会社はダメだ”みたいな。たくさんの2次情報をパズルのように組み合わせて、一つの絵にすることは、価値はあるとは思うけど、やはり、価値という点では”1次情報”にはかなわない。

やっぱり、1次情報は、まさにソースにあたることと同じで、ソースをみることで、本当に何が起きているかを理解できるのだと思う。

1次情報が2次情報よりも大事だ、これは当たり前なんだけど、ソースを見ることから、1次情報の重要性を認識したのでした。

「第五の権力—Googleには見えている未来」

6月 22nd, 2014 | Posted by admin in イノベーション | テクノロジー | 長橋のつぶやき - (「第五の権力—Googleには見えている未来」 はコメントを受け付けていません。)

ダイヤモンド社小島様より献本いただきました。ありがとうございました。

結論から言うと、この本はGoogleの人間(エリック・シュミット&ジャレット・コーエン)によって書かれているものの、
Googleがこれからどうなるかということは書かれていない、むしろ、Googleがこれから立ち向かわなければならない問題を記述していると言える。

自分がはじめてネットを使うようになったのが1996年、それから比べるとネットは誰もが便利に使われるようになった。

そして、こうしたネットを使うようになり便利になる一方で新しく考えなければいけない問題も増えてきている。

今後、起きる問題について論じているのが、本書であり、自分なりにまとめると、「国家と個人のアイデンティティ」の問題に帰着すると思う。

Googleの成功は言うまでもなく検索ビジネス。2000年初め、ごちゃごちゃだったウェブの世界をページランク(引用されているページから順に検索結果を表示)という革新的な検索技術で、一気にネットの主役となり、その後もAndroidの成功、さらには、Google Glass、自動運転自動車など、その勢いはとどまるところを知らない。

その源流となるGoogleのビジネスモデルは、ウェブを通じてできるだけたくさんの情報を取得すること、いわば、ウェブ民主主義的なものがベースにあると思う。

とはいうものの、ネットが良くも悪くも世の中に影響を及ぼすとき、それを規制しようとする動きも当然でてくる。それが国家による抑制。

たとえば、筆者は、オンラインアイデンティティとして、次の動きがでてくると指摘する。

政府にとっては、追跡不能で正体不明の匿名の市民、いわば、「隠れ人」をオンラインで大勢野放しにしておくのは、リスクが高すぎると考えても不思議ではない。そこで、仮想世界に影響力を及ぼすために、各市民をオンラインアカウントと紐づけして、国家レベルでの認証を義務つける、といった措置をとるだろう。(p48)

結局のところ、国境を越えて誰もが自由に情報を発信することができるネットが国家によるネットが生まれると。具体的には、こう指摘する。

 「政府がフィルタリングなどによってインターネットを規制すれば、グローバルであるべきインターネットが「国ごとのネットワークの寄せ集め」とかす、という懸念が生じる。そうなれば、やがてワールドワイド(世界規模の)ウェブは砕け散り、「ロシアのインターネット」や「アメリカのインターネット」などが乱立するようになるだろう。(p129)

やはり、ネットを通じてサイバーテロ、それは、単にネットだけの攻撃ではなくて、無人飛行などのデジタル操縦も脅威となり、そうした脅威に対応するために、何かしらのフィルタリング、規制が必要にならざるをえないと。

もちろん、これはネット全体のなかのほんの一部に過ぎなく、これがすべてではない。ただし、こうした事態が加速すると、ネットのオープン性はどんどん低下せざるをえない。本書はこうしたネット規制社会への警鐘と自分は理解しました。そして、最後はこう指摘する。

出会いと好機が重なるところには、無限の可能性がある。世界中の人たちの生活の質を高めるには、コネクティビティを通じて出会いを広げ、テクノロジーを通じて機会を生み出していくのが一番である。

やっぱり、ネットはコネクティビティを通じて、出会いを広げ、さまざまな機会を生み出す。これを追求すべきとなんだと思う。

世界ハイテク企業ウォッチ:なぜツイッターが“オワコン”扱いされているのか

3月 7th, 2014 | Posted by admin in イノベーション | お知らせ | テクノロジー | 長橋のつぶやき - (世界ハイテク企業ウォッチ:なぜツイッターが“オワコン”扱いされているのか はコメントを受け付けていません。)

四半期に一度書かせていただいているコラム 世界ハイテク企業ウォッチ がアップされました。

今回は、Twitterのビジネスモデルを取り上げさせていただきました。

世界ハイテク企業ウォッチ:なぜツイッターが“オワコン”扱いされているのか

Yahoo!ニュース BUSINESS 世界ハイテク企業ウォッチ:なぜツイッターが“オワコン”扱いされているのか

CarPlayにみるアップルの”ブレ”と”変化”

3月 4th, 2014 | Posted by admin in イノベーション | テクノロジー | 長橋のつぶやき - (CarPlayにみるアップルの”ブレ”と”変化” はコメントを受け付けていません。)

アップルが、iPhoneを車と連携させる新しいサービス CarPlay を発表、で思ったこと。

最近、とみに思うのは、ブレることと、変化すること。

”ブレ”と”変化”は同じようで結構違う、と思う。

共通しているのは、ある状態(たとえばA)から別の状態(B)に遷移すること。

たとえば、ケータイでいえば、10年くらい前は、周りを見渡せば、ほぼ国内製のフィーチャーフォン(いわゆるガラケー)だった。

で、10年たった2014年、フィーチャーフォンはゼロではないけど、圧倒的にスマホの数が多い。

10年前、フィーチャーフォン向けにサービスを提供している会社にとっては、10あった全体のパイが1になるわけであって、確実に売り上げは減ってしまう、だから、”変化”しないといけない。進化論的に言えば、”もっとも変化に対応できる生物が生き残る”ともいえるかもしれない。

ただ、変わることがすべて良いとは限らない。

たとえば、このCarPlay、いままでアップル、あるいは、スティーブ・ジョブズは、”ユーザ体験を自分でコントロールする”という理念のもと、できるだけパートナーを排して、自社でハード、ソフト、サービスを提供してきた。何度もiPhone互換機、Macが動くWindows PCが取りざたされつつも、頑なに拒んだのは、こうした”すべてのユーザ体験を受け持つ”というアップルの矜持があったのだと思う。

アップルに関しては、イノベーションのジレンマ抱えるアップル、突破口に待ち受ける日本企業のさらなる苦難にも書きましたので、あわせてご参照ください。

そして、今回のCar Play、もちろん、iPhoneを接続することが前提であり、WindowsでiTunesを利用できることに近いのかもしれないけど、若干の危うさも感じる。やはり、アップルにとってユーザ体験は自社でコントロールする話であるものの、自動車の場合、”車”がユーザ体験の多くを占めるのではないかと。すくなくても、スティーブ・ジョブズであれば、断固拒否したように思う。そう意味で、このアップルの決断は、同社の理念がブレたのかもしれない。正解はまだわからない。

話はもどって、変化とブレ、結局のところ、その要因は理念なのかもしれない。きちんとした理念があり、その理念に沿って、ビジネスがかわったとしても、それは”変化”、でも、理念とは違う方向に進むこと、これは”ブレ”かもしれない。理念にブレずに進むことは簡単なようで、難しい。だからこそ、ブレない理念が必要と言えるかもしれない、とCarPlayの発表から思いました。

データサイエンス超入門 ビジネスで役立つ「統計学」の本当の活かし方

12月 15th, 2013 | Posted by admin in イノベーション | テクノロジー | プログラミングを考える | 経営 - (データサイエンス超入門 ビジネスで役立つ「統計学」の本当の活かし方 はコメントを受け付けていません。)

日経BP田島様よりご献本いただきました、ありがとうございました。

最近、いたるところで耳にする「データサイエンス」あるいは「データサイエンティスト」について解説した一冊。

もともと、統計自体は、何十年も前からビジネスに活用されてきており、今さら、統計という話ではない。では、なぜ、”今”なのか?

やはり、ソーシャル、M2M、ウェブなど、様々なデジタル情報が爆発的に増加、くわえて、本書では、データ処理基盤の進歩、使えるデータの整備、人材育成の動きにより、「データ活用のチャンスがより多くの企業に訪れる」(p26)だからこそ、確率論に基づいた統計のスキルが更に重要になると。

とはいうものの、単に、学校の授業の統計解析をマスターできれば良いという話ではない。むしろ、筆者が主張するのは、「膨大なデータを見極めて、目的を達成するための意思決定に役立つ気付きをえる「目利き力」」(p38)が重要と指摘する。そして、その目利き力は

1.データを活用したビジネスを活用する力
2.データサイエンスを支える統計知識
3.アナリティクスを実現するITスキル

の3つが必要と説く。

自分も統計を活用(本書でいえば、正規分布くらいまでは使うけど、機械学習まで及びません。。)することがあり、つくづく思うのは会社によってデータを活用しようという姿勢が全然違うこと。「分析力を武器とする企業」(トーマス・H・ダベンポート)では、企業の分析力にはステージに分かれていると説いているように、Excelの四則演算で十分な会社もあれば、SPSS等を利用して、高度な統計手法を駆使している会社もある。

そういう意味で、本書で指摘している「筆者は企業経営層の方々に「データサイエンティストとは何者か」と聞かれたら、まずは「データサイエンスという言葉の定義を合わせましょう」と回答するように心がけている。」(p242)という主張は尤もだと思う。

Excel、SPSS、いずれも共通しているのは、やはり、データ・数字をもとにビジネスを展開すること、そして、他社にまねできないビジネスを展開すること(イノベーション)。そして、イノベーションを生むには、本書では次の3つが必要と説く。(p228)

1.適当な解で満足してはいけない
2.普遍的だと思われている事象であっても漫然と処理してはいけない
3.妥協せずやり抜く

自分が思うに、データはモノごとの状態を客観的に提示してくれるものだと思う。たとえば、甘いだけだとわからないけど、糖度10%といえば、客観的に提示しているといった類だ。そして、 当たり前と思われていることをも漫然と処理せず、データに即して検証することでイノベーションは生まれるのかもしれない。そして、日本からもデータサイエンスを通じてたくさんのイノベーションが生まれたらこれほど素晴らしいことはないと思う。

本書は、データを活用したビジネス、統計の基礎、アナリティクスを実現するITスキルがコンパクトにまとめられており、そして、それを使ってどうイノベーションを誘発するか、を考えさせられるよいヒントになりました。

データサイエンス超入門 ビジネスで役立つ「統計学」の本当の活かし方 データサイエンス超入門 ビジネスで役立つ「統計学」の本当の活かし方
(2013/11/07)
工藤卓哉、保科学世 他

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分析力を武器とする企業 分析力を武器とする企業
(2008/07/24)
トーマス・H・ダベンポート、ジェーン・G・ハリス 他

商品詳細を見る

ウォズの願いとインターネット的なモノ

11月 7th, 2013 | Posted by admin in イノベーション | テクノロジー - (ウォズの願いとインターネット的なモノ はコメントを受け付けていません。)

ウォズの願い「アップルとグーグルが互いに協力してほしいなぁ」という記事を読んで思ったこと。ウォズは、かつてスティーブ・ジョブズと一緒にアップルを創業。稀代のテック・ギークとして、テクノロジーに明るいことでも知られている。

彼は、こう指摘する。

「例えばさ、「Joe’s Dinerに行って」とSIriに言うでしょ、するとさ、SiriはJoe’s Dinerを知らないっていうことがあるんだよね。さらに、そういう場合大抵Androidは知っているわけ。それこそが、たぶんコンピューターにとってより賢くなるための、より性能の高い人工知能のための未来への鍵だと思う。だからこそ、将来的にアップルとグーグルが連携してくれればと神様に願う気持ちだよ。」

これはさすがの指摘だと思う。彼の思い描くように、アップルとグーグルが連携すれば、世の中もっと便利になるに違いない。

そして、思ったこと。これって分散と集中の話だなあと。

ウォズのSiriの例は、”インターネット的”な考え方に近い。インターネットの場合、TCP/IPという共通言語のもと、お互いにつながっている。そして、たとえば、Yahoo!にたどり着くために、まず、ISP-Aにいって、ISP-Aに到達性がなければ、ISP-B経由で到達する仕組みになっている、そういう意味では、ウォズのSiriの話と全く同じであり、全員が分散しながら協調する、世界に類のない規模の分散協調システムともいえる。

ただ、問題点は、グーグルとかアップルのような飛び抜けた存在がでてくると、そこにトラフィックが集中する。Googleの全サービスに影響する障害が発生、世界のネットトラフィックは40%減少という指摘もあり、世界のトラフィックの40%がグーグルかどうかはさておき、世の中の多くの情報がグーグルに”集中”しているのは間違いない。そして、一度、情報が集中すると、そこに価値が生まれ、自社で囲い込もうとする。ということで、分散協調システムというよりは、集中モデルになりがちになる。

たしかに、集中モデルは便利なんだけど、結局のところ、サービスをしているのは1社だけなので、競争原理が働きにくくなり、ユーザにとって便利なことだけど、実現できていないということはよくある。まさに、ウォズにSiriの話は、ユーザにとって便利だけど、アップル、グーグルとしては情報を集中したいので、やりたくないだろう。

この手の集中と分散の話は正しい解はなくて、時代が流れるにつれて、つねに集中と分散が繰り返される。いまはどちらかと言うと、分散から集中になりつつあるような気がする。その時々のタイミングを見計らって、ビジネスチャンスを見つける。おそらく、集中の場合のビジネスモデルは、集中しているサービスを売る、シリコンバレーの企業で、Googleに買ってもらうために起業するというのは、毀誉褒貶はあるものの、一つの集中のビジネスモデルだと思う。でも、それは永遠に続くわけではない。機を見るに敏、そうした変化をとらえることが一番難しくかつ大事なことだと思いました。

「プログラミングなんて必修にしなくていい論」への反論

10月 20th, 2013 | Posted by admin in テクノロジー | プログラミングを考える | 経営 - (「プログラミングなんて必修にしなくていい論」への反論 はコメントを受け付けていません。)

直接のご面識はないのですが、クレイア・コンサルティングの調 祐介さんが、ブログ記事「プログラミングなんて必修にしなくていい論」に、かつてこのブログに投稿したプログラミング科目を必須にすべき3つの理由をご紹介いただきました。どうした形であっても、取り上げていただけることは歓迎すべきことですので、まずは、御礼申し上げます。

 とはいうものの、タイトルは、”プログラミングなんて必修にしなくていい論”、以前、投稿した内容は、プログラミング科目を必須にすべきという主張なので、こちらと真逆の主張です。ただ、重要なのは、弁証法的というか、お互いの主張をぶつけることで、さらに議論を深めていくのは重要と思うので、あえて、”反論”したいと思います。

「プログラミングなんて必修にしなくていい論」

調さんの記事は、No–You Don’t Need To Learn To Code を基にしていて、とてもよく日本語にまとまっています。

このオリジナルの主張をかいつまむと、

・プログラミングすることは楽しい、でも、一人前になるためには、10年くらいかかるし、常に勉強しなくてはいけない。

・プログラミングは問題解決の道具に過ぎない。そして、プログラミングをマスターしたからといって、世の中のすべての問題を解決できるわけではない。もっとも大きな問題は人間の内部に根差した予測できない問題であることが多く、これはプログラミングでは解決することはできない。

・それでも、プログラミングに興味があるのであれば、かわって、プログラマーを理解すべき。プログラマーは、ビジネスミーティングなど”邪魔”されるのが何より苦手。だから、彼らを理解する、あるいは、ビジネスの言葉を彼らにわかりやすく翻訳することは大切。

・むしろ、プログラミング時代を学ぶより、ソフトウェア、ネットワークがどのようにして動いているのかをしることが大事。車の設計を知らなくても運転はできるけど、車の構造を知るとより深く対応ができるのと同じ。パイソンのコードなんか書くよりは仕組みを知ることのほうが重要。

・人生は短い、モノづくりはたくさんある、プログラミングだけがモノづくりじゃない、文章を書いたり、音楽を演奏したり、などやることはいっぱいある。何をすべきか賢く選択すべき。




職業としてのプログラマ

 筆者の主張はだいたい共感できるし、なるほど、と思われるところもそれなりにある。

ただ、筆者のスタート地点と自分のスタート地点は違っていると思う。そして、彼女のスタート地点は、”職業としてのプログラマー”ということだと思う。

 世の中には、プログラムを書いて、収入を得る、職業としてのプログラマが多数存在する。結局のところ、システムを作るうえで、プログラマは必須であり、インド・中国にアウトソーシングしているところもあるけど、日本国内においてもプログラマとして生活をしている人はたくさんいる。そして、自分の知ってるプログラマも、彼女が指摘するように、邪魔されるのを何よりも嫌うし、視野が狭いといわれたら、そうかもしれない。

プログラマというキャリア

結局のところ、これはプログラマとしてのキャリアはどうあるべきか、という話なのかもしれない。よく言われるのは、プログラマ35歳定年説。システム会社に新卒で入って10年くらいはプログラマをやるけど、10年くらい経過して、1.管理職へのシフト、2.新しい技術のキャッチアップの限界、3.体力的な限界、などで35歳がプログラマーの限界といわれている(ただ、これは前から言われていて、かつ、最近では、管理職はともかくとして、技術、体力はあまり関係ないようにも思われる)。

  35歳限界説はともかく、一生の仕事として、職業プログラマーができるか?という話だと思う。

自分の理解では、プログラマーとして生涯のキャリアを過ごせるかといえば、できるけど、すごく大変。たとえば、社会保険のシステムを作ったり、銀行のシステムを作ったり、大規模なシステムを作るにはプログラミングが当然必要。ただ、これは一人ではできない、だから、ゼネコンのように大きな会社が元請をして、2次、3次、場合によっては、4次くらいまで下請け(外注)を導入して、その下請けがプロジェクトの一部分だけのプログラミングを請け負う。こうしたスキームの場合、人月単価などから、生涯現役モデルは妥当ではないと思う。

 むしろ、生涯現役プログラマーモデルは、誰も正解がわからないものにチャレンジすることに価値があるように思う。かつて、自分が学生のころ、学術目的でIPv6のアドレス配布をやっていたことがあった。そのときに、いとぢゅんさんというIPv6を開発している天才プログラマーがいました。今でこそ、IPv6はそれなりに使われつつあるものの、当時(1998~2000年くらい)は、まだ実装も、ラフに決めた仕様書(RFC)があったくらい。そうした”未知”がたくさんあるなかで、彼は自分で一番シンプルな解法を探して、それを実装して、国際コミュニティに提案して、IPv6開発をリードしてきました。

 たしかに、マネジメントとかCEOとか関係ないし、プログラムですべてを解決することはできない、でも、未知のものをプログラムで形にしていく、そういう職業プログラマーはやっぱり必要だと思う。

プログラミングは必須にすべき?

 で、長くなったけど、本題。プログラミングは必須にすべきか?自分の意見は前と同じで必須にすべきだと思う。たしかに、職業プログラマーとしてやっていくのは、すごく大変。だけど、1.目に見えないシステムを理解すること、2.プログラミングのすそ野を広げること、そして、3.問題の切り分け能力を涵養すること、これはプログラミングから学ぶことも多いと思います。

という意味で、「プログラミングなんて必修にしなくてもいい論」の話に即すると、プログラミングを学習することで、システム、ネットワークといった仕組みを理解する手助けになると思う。そして、それがもとで未知の問題を切り開くプログラマーがでてくれば、日本にとってもとても良い話と思うのです。