偶然のチカラ

1月 31st, 2026 | Posted by admin in 長橋のつぶやき

 ちょっと前の正月明けのことですが、日経新聞に掲載されていた沢木耕太郎のエッセイ「敵か味方」に、思うところがありました。彼は昨年、マレーシアに滞在した際、周囲がタクシーアプリ「Grab」を使っているのを見て、自分も試してみたところ、あまりにも便利で、まるで「どこでもドア」のようだと感じたそうです。ただ、その便利さは同時に、旅に豊かさをもたらす「偶然」を排除してしまう側面もある。つまり、デジタルは味方でありながら、同時に敵でもある、という指摘です。

 たしか、沢木耕太郎は、以前にも似たテーマの文章を書いていました。地方を旅し、気の向くままふらりと入った店で食事をすることこそが旅の醍醐味であり、食べログのようなデジタルサービスは、その醍醐味を損なうのではないか、という趣旨だったと記憶しています。デジタルで検索すれば、すぐに「正解」にたどり着ける一方で、アナログがもたらす「偶然」には、また別の味わいがある。その価値は、必ずしもデジタルでは再現しきれないものかもしれません。

 先日ネットをみていたら、JR東日本の「どこかにビューーン!」というサービスを知りました。出発日時や東京駅などの出発駅を指定すると、4つのランダムな行き先候補が提示され、その時点では行き先は確定せず、出発日の3日前に最終的な行き先が通知される仕組みだそうです。ランダム性があるため、ビジネス用途には使いづらいかもしれませんが、料金も手頃で、「どこかに日帰り旅行したい」というニーズにはうまく応えているように思います。そして何より、この旅に豊かさをもたらす「偶然」を、意図的に組み込んだサービスのように思います。

 で、「どこかにビューーン!」は、電車の話ですが、デジタル時代だからこそ、「偶然」を設計する余地が生まれているのかもしれません。たとえば、自分は毎年12月に「今年読んでよかった本5冊」を紹介していますが、本との出会いにも「偶然」は欠かせない要素です。アマゾンのレコメンデーションは、購買履歴に基づいて最適化されている分、「まあ、そうだよね」という予定調和的な提案が多く、新たな発見や思いがけない僥倖は、以前より減っているように感じます。だからこそ、こうしたフィルターのかからない「偶然」こそが、新しい価値につながるのではないかとも思います。いっそのこと、ランダムに選んだ5冊を毎月送るサービスみたいに振り切ってもいいのかもしれないですね。

 というわけで、フィルタリングとレコメンドが当たり前になった現代だからこそ、あえて「偶然」に身を委ねることの価値は、むしろ高まっているように思いますが、いかがでしょうか?

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